秋田喜代美 藤江康彦編 秋田喜代美 能智正博監修 2007

 

『事例から学ぶはじめての質的研究法 教育・学習編』東京図書

第1章

1 教育の場で研究をするために

 教育研究」の特徴として、自己の学校教育経験での思いや感情と一線を画す、教師とは異なった研究者の視点、子供への配慮という倫理観、という3点の必要性がある。また、教育を研究する際に意識することとして、何について知りたいかという問題やトピックス、研究者としてのポジショニング、先行研究の知見、研究方法、研究目的、の5つが挙げられる。

 

  • 2 教育研究としての質的研究の特徴

     教育領域での質的研究は、量的研究で明らかにされない側面や、日常生活の中で可視化されない部分に光を当てて、その出来事の事象や構造を記述し解釈する研究である。Erickson1986の引用として「一般的で抽象的な考えこそが人類が犯す最大の過ちの源である。(Jean-Jacques Rousseau)、/一般的な性質とは何か?そんなものがあるのか?一般的な知識とは何か?そんなものがあるのか?厳密に言えばすべての知識は独自個別のものである。(W.Blake)」という言葉がある。質的研究はリアルな教育の文脈の中で1つの事象を深く捉えていく事例研究の方法である。

     E.アイスナーは、教育における質的研究には、「科学的アプローチ」と「芸術的アプローチ(教育批評)」の二つのモードがあるという。前者は事実を客観的に記述することが重要であり、後者は物語としてその経験を構成することが重要となるが、初心者にとって後者は難しい研究方法といえる。

     

  • 3 教育への問いからアプローチを決める

     質的な記述形式での研究は、古くからジョン・デューイ、ジャン・ピアジェ、更にランパートらによって行われてきた。例えば教育現場である教室でのやり取りを、さまざまなアプローチ法の中からいくつかを選択することで量的及び質的研究かが決まってくるものであり、先に量か質かがあるわけではない。また質的研究は、その場の人々の中に入る研究であるがゆえ、一層の配慮が目的を意識した形で必要になる。しかしそれらの配慮から、さらに場にかかわりながら、あらたな絆を生み出しながら研究できることこそ、そこに質的研究の魅力の1つがあるともいえる。

     

    (文責;田中)

第2章

 第2章では、教育・学習を実践対象として質的研究を行う際の留意点が、筆者の小学校における質的研究をケースにして説明されている。「観察から問いを立てる」過程が例に即して解説されておりイメージをつかむのに役立った。

  注目すべきは、章末の「質的研究に向けて」である。《質的研究における解釈による分析は研究者の「主観的な解釈」にすぎないのではないか》という質的研究に対してしばしば投げかけられる指摘に対する編者の見解が示されている。

 

 編者は、解釈における「相互主観性」をいかに保証するかが要諦であり、そのためには「厚い記述」が有効だと説く。

 

  以下要旨をまとめる。◆◆ 

 

 「相互主観性」とは、「はじめは個人の主観に発するものであっても、その個人の主観を越えて、個人相互間の共通性、一致性を獲得して、公共性、共有性をそなえること」である。

 

  また、「厚い記述」とは、「ある行為や出来事の断片を、それがおかれた具体的な状況・文脈やそこに至った歴史的(短時間のエピソードも含む)な経過と合わせて記述し、内包された意味構造を読み取る」ことである。そして、「対象主体と長期的な関わりを持つ事が望ましく、対象の経験してきた文脈を研究者がどれだけ把握しているかが、記述の『厚み』を決定する」のである。

 

  そして、さらに解釈の信頼性や妥当性を高めるために、「解釈可能性が開かれていること」が有効だとしている。

 

数量的データでは、相互一致性があるほど信頼性の高いデータになる

 

質的的データでは、新しい変数が発見できるほど良いデータであるある特定の事例について、観察者自身の解釈とは異なる解釈や、事例の新たな側面の発展などが可能であるデータほど多くの人たちの解釈にさらされることになり、信頼性や妥当性が高まる。その際に例えばピアカンファレンスなどが有効である。

   ◆◆   

 《質的研究における解釈による分析は研究者の「主観的な解釈」にすぎないのではないか》のような大きな質問をされたときに答えられる準備をしておくという面もあるが、質的手法を使おうとしている研究者自身が、その意義を量的研究と対比した上で把握していることがまず必要だと思われる。「相互主観性」、「厚い記述」、「解釈可能性が開かれていること」は、いままでTAEや現象学の勉強を続けてきた過程で触れてきたことであるが、今回このように改めて概念が定義づけられ整理されたことは収穫だった。

 

                         武田

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